遠いところへ、遠いところへ心を澄まして耳を澄まして、静かに、叙情をたたえてしなやかに―。清新な文体で、時空間を漂うように語りかける不思議な味。ニュー・ノヴェルの誕生。中央公論新人賞・芥川賞受賞作。
『この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない 。(中略)大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。
・・・たとえば、星を見るとかして。』
人は、何かあると空にヒントを求めるらしい。例えばそれは、歌や詩の中にも散見される。
始めようか天体観測 ほうき星を探して 深い闇に飲まれないように 精一杯だった(天体観測 - BUMP OF CHICKENより)
星と個、この二者を結ぶ最短距離は直線だ。だとしても、個と星とのあいだに境界直線を引く必要はどこにもない。人はどこでも、自分にとっての北極星を見つけられる。個が能動的な姿勢を見せるなら、いつでも、それを見つけられる。
あなたの生活を喜びなさい。なぜなら、それは、人を愛し、働き、遊び、星を眺める機会を与えてくれる。 - ヘンリー・ファン・ダイク(1852〜1933)アメリカの聖職者にして教育者
桜舞う四月。高校二年。新しいクラス。目つきは悪いが普通の子、高須竜児は、ちっちゃいのに凶暴獰猛、“手乗りタイガー”と恐れられる逢坂大河と出会う。そして彼女の知ってはいけない秘密を知ってしまい―。超弩級ラブコメ登場。
『私はね、いつか心から愛せる人ができて、付き合ったりして、結婚して、幸せになるんだって信じてる。でも、実際に、誰かとそんな感じにうまくいったことってないんだよね。
世の中には当たり前に、中学生や高校生ぐらいの年からずっと誰かに恋をして、付き合ったりふられたり別れたりをしている人たちがいて、当たり前に恋愛をしてる。そこに愛がある、っていう。・・・私には、そういう人たちの存在が、すごく遠いんだ。
よくいるじゃない、いわゆる「霊感が強い」「見えちゃう」っていう人。あっ肩が重い、そこらへんにうじゃうじゃいるよ、ほらそこにも、なんて言ってみせるタイプ。それと同じに思えるの。本当に幽霊見えてるの?って疑いたくなるとまったく同じに、本当に恋をしているの?・・・そう思うのよ。』(4巻P.145より)
空想的な愛とは、すぐに満たされる手軽な成功を求めてみんなに見てもらいたいと願うようなもの。周りからの憧れの眼差しは手に入っても、本音じゃない”自分”の姿に”自分”は憧れることはできないはず。
それに対して、実践的な愛というのは、感謝であり信頼である。人は、偶然出会ったものを束の間愛するのではなく、永続的に愛さなければならない。時に途切れそうなこともあるかもしれないけれど、どんな人の恋路にも、いつだって春夏秋冬はある。大切なのは愛されること、ありのままを愛される自分になること、それだけだ。
人には、ある年代においてしか吸収できない大切なことがある。このノベルには、それにたいする答えではないけれど、限りなくそれに近いものが提示されている、そんな気がする。
『ローマの休日』と『天空の城ラピュタ』の切なさと爽やかさを意識しながら身分違いの恋と一人の少女を守るための空戦を描いたといわれる、恋と空戦の物語。
「美姫を守って単機敵中翔破、1万2千キロ。やれるかね?」レヴァーム皇国の傭兵飛空士シャルルは、そのあまりに荒唐無稽な指令に我が耳を疑う。次期皇妃ファナは「光芒五里に及ぶ」美しさの少女。そのファナと自分のごとき流れ者が、ふたりきりで海上翔破の旅に出る。
『――助けられるなら、助けたい。
ドブネズミのように生きてきて、ゴミクズのように空に散る運命なら、せめて一度くらい、胸を張って誇ることのできる仕事をやり遂げてみたい。幼い僕を救ってくれたファナをこの苦境から助け出したなら、自分のしたことを誇りに思えるのではないだろか。いつかどこかの空で炎を噴き上げ散華するとき、僕の辿ってきた道を後悔しないで済むのではないだろうか。』
忙しい毎日のなかで、自分が最近いつ空を見上げたか、その瞬間を思い出せるだろうか? 自分に余裕が持てない状況にあるとき、人は、空を見上げる余裕をなくすといわれる。
映画『天空の城ラピュタ』では、ある日、少女が空から降ってきた・・。パズーは、忙しく働くその中で、ふと夜空を見上げたその瞳孔に、彼女の存在をしっかりと認めることができた。空に思いを馳せる余裕をなくしてしまうと、そんな秀逸な出会いも危機に瀕してしまっていたかもしれない。
余裕があるから空を眺めるのではなく、空を見上げるから、余裕が生まれるのだと最近思う。乾いていく余裕と、損なわれてしまった感受性は誰のせいにもできない。自分自身が護るより他に術はない。でも、ひとたび余裕と感受性が潤えば、些細な日常を思い出として留めておく余裕ができる。
人生は五つのいいことが揃えばいいんだと、かの文豪ヘミングウェイは言っていた・・・
いい女、いい友達、いい酒、いい本、そして、いい思い出。